魂のこもった言葉

2015.04.27 (月)

子供のころから何度となく言われてきませんでしたか?

「考えなさい」と・・・。

そもそも考えるとはどういうことなのか、漠然とイメージは持っているものの、具体的な行動論として解いてくれたひとはいませんでした。

普通は学校教育で習う事なのか?

少なくとも私には記憶にないのです。

あえて言えば考えるとは正解を出すためのもののようにも思っていました。

勉強を教わり、その成果を見るためにテストがある。
あるいは、教わったことが理解できているかを見るために例題を出され、「さっき教えたことを思い出して考えてみよう」などどいわれ正解をだす。

つまり学校教育において考えるは、正解を出すことと教わっていたように思います。

しかし、社会人になると『考える=正解を出す』ことではなくなってくるのです。

なるほど、マニュアルでしか行動できない人が多くなるのも納得ができると思います。

では、人が生きていくために考えるとはどういうことなのか整理をしてみました。

自分の持っている情報(知識・経験)を組み合わせ自分の新しい答えを生み出していくことなのではないかと思うのですが皆さんはどんな風に考えていますか?

大事なのは今あるものに自分の色を加えていく。

そして、自分の新しい答えを言葉にしていくことが出来てこそ「私の考え」が生まれてくる。

例えばこんな風にイメージしてみました。

コーヒーメーカーでコーヒーを入れる。

コーヒー豆をセットして、水の注ぎ口から水を入れると、一定の時間をかけて、水はフィルターを通りコーヒー豆と融合し、飲み物としてのコーヒーになる。

水とコーヒーは情報や知識、経験のことです。
そして、フィルターは自分自身。

最終的に飲み物としてのコーヒーが新しい考えというイメージです。

そう考えると、正しい答えを出す作業は考えるのではなく、単なる決まり事としての作業でしかないという事に成るのやもしれません。

とすると、考えるというのは一朝一夕にはできないのも已む得ないのかもしれません。

日常の中で考えることを繰り返し、「私の考え」を生み出していく訓練をする。

そして実は、その考えを言葉にすることが会話上手には大切です。

なぜなら、自分の言葉で話すことであなたの言葉は魂のこもった説得力のある言葉になるからなのだと思っています。

 

 

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